2008年6月11日水曜日

エスペランサ

以下メルマガより抜粋
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ブラジルの朝日
O sol matutino brasileiro
―ブラジルの朝日―

以下はこちら→【彼への想いはサウダージ】の続きです。

��エスペランサ>

「サウダージ」というポルトガル語について書いてきました。
次に最大のポルトガル語圏、ブラジルに話を移してみましょう。

先に申し上げますと、私はこの国を旅したことがありません。
なので、ブラジルによく行く友人の話、ボサノバなどの歌詞、
映画、本で得た知識に想像力を加え、展開してゆきます。
しかし、国と言うのはその地を踏み、空気を吸って、感じられるもの。
よって、足を踏み入れたこともない国について書くということは、
無責任なことだと承知した上で、進めます。

「サウダージ」という単語について書いたことをきっかけに、
「明日がないという感覚」「幸せ」について考えました。
これらと切り離せないのが、ボサノバが育ったブラジルのことです。
それと、偶然にも今年はボサノバ誕生から50周年。
そんな経緯から、書いてみることに致しました。

��**

ブラジルと言えばボサノバ、ポルトガル語、フットボール、インフレ、混血、植民地・・・
そして、何と言ってもリオのカルナバル!!

数年前、カルナバルに行くことを計画していた男友達に
「一緒に連れて行って!」お願いしましたが、お返事はNO。
治安が悪い国の、毎年何人もの死者が出るカルナバル。
自分だけで精一杯になるだろうから、私の安全まで責任持てないと言う理由です。

それくらいエキサイトするカルナバル!!
サンバ、太陽、汗ばんだ肌、笑顔・・・
誰もが明るく陽気な様子を思い描くことでしょう。

北欧の春の到来を祝うカルナバル。
イタリアやドイツの仮面のカルナバル。
日本にも季節ごとのお祭りがあり、祭囃子を耳にすると足取りも軽やかになります。
お国関係なく、カルナバルは心躍るものですよね。

しかし、カルナバルには、もうひとつの顔があります。
去った後の寂しさ然り、出し物に付き纏う悲しいエピソードも然り、
世界各国にあった見世物小屋然り。
異形の人のことを罪を背負って生まれてきた人だと言い、
人々の前で晒していたのが見世物の始まりです。残酷なこと!

世界最大と言われるリオのカルナバル。
たった4日間の為に、1年かけて用意をするのは有名な話です。
儚き夢の為に、人々は労働と貧困に耐えるのです。
4日間の夢が覚めると、また厳しい現実が1年も続くのです。

ブラジルの強烈な太陽ですら、ありとあらゆる場所に、平等な光をもたらすことは難しいようです。
誰かが太陽を独り占めしているのでしょうか?

人口の半分を混血が占めていることから、ブラジルには人種差別はないと思っておりました。
差別の存在、しかも、深刻な問題だと聞いた時は意外でした。
肌の色が白に近いほど、人種差別から開放され、権力に近づくことができるようです。

黒人はブラジル植民地時代に、ポルトガル人によって連れて来られました。
奴隷として高額な売買でアフリカから輸入されたそうです。
逃げ出した奴隷がコミュニティを作ることもありましたが、どちらにせよ、苦しい生活の強要は変わらずです。

日本には奴隷制度が存在しません。階級はありましたが、其々に文化が生まれました。
しかし、奴隷制度では、奴隷には文化の欠片すら与えられません。
ブラジルの奴隷は仕え始めてから、たった8年で生を閉じたと言えば、
如何に厳しい環境を強いられてきたかがおわりいただけるでしょう。

奴隷制度は3世紀を過ぎて、やっと廃止されました。
しかし、黒人達の社会進出の政策は、今もなされていないままです。
人口の半数を混血が占めるにも関わらず、
大学では15%を切れるということからも、疎外されていることがわかります。

経済も終わり、働きたくても働けない親。
決して怠け者ではない、仕事に溢れているだけ。
学校に行けない、カルナバル以上の長い夢が存在することも知らない子供。

音楽や踊りのボランティアを通して、子供達が時間を持て余し、
堕落してゆくのを食い止める人たちもいます。
豊かな国の文化的嗜好、趣味としての芸術とは一線を画します。

音楽やフットボールは成功への一筋の光。
貧困と空腹からの逃避の手段でもあるのでしょう。

また、ある人は音楽で革命を起こせると言います。

ボサノバの歌詞に目を通したことはありますか?
祈りや家族の絆、社会問題を訴える歌詞であることが少なくありません。
メロディは軽快でも、切実なものも多くあります。
歌詞がわからなくとも、哀愁が隠し切れないものもあります。

例えば、エリス=レジーナの代表曲『酔っ払いと綱渡り芸人』
この歌詞は社会派詩人アルヂール・ブランキによるもの。
軍事政権下であったブラジルにおいて、民衆に最も愛された民主化運動の象徴でもある曲です。

この曲の歌詞は抽象的で、直訳に目を通しても理解出来ませんでした。
当時のアーティストは「検閲」の網を潜りながら作品を世に送っていた為、
わかり辛いものにせざるを得なかったのです。

独裁政権を批判するエリス=レジーナと共に、観客は声を張り上げ、この曲を唄ったそうです。

↓彼女の唄、観客の様子をご覧いただけます。
【酔っ払いと綱渡り芸人】
http://www.youtube.com/watch?v=TAA29Kvnu8k&feature=related

1982年。エリス=レジーナは薬物中毒により、36歳と言う若さでこの世を去りました。

遡ること13年前の1969年。
彼女は政権の圧力を受け、スタジアムでブラジル国歌を唄わされました。
人々から反感を買い、彼女自身も唄ったことの後悔を消せませんでした。
彼女が薬物に溺れた理由の多くは、後悔が占めていたのかもしれません。

1979年。『酔っ払いと綱渡り芸人』が誕生。
エリス=レジーナが国家を唄わされた10年後のことです。
薬物中毒という破滅願望の中で、国歌を歌ったことの後悔と、
ステージの向こうから返ってくる人々の声に希望を失わず、自らも声を振り絞ったに違いないでしょう。

この曲が生まれた3年後に、エリス=レジーナは生涯を閉じます。

こういった経緯を考えると、音楽で革命が起こせると言う人がいても不思議ではありません。
音楽による思想改革も有りえることかもしれません。

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若い頃、ブラジル人の混血の女の子ふたりと仲良くなりました。

ひとりは同じ名前と言うことから、お互いに親しみを持ちました。
日系とのことでしたが、褐色の肌とラテンらしい顔立ちからは、
日本人の血が流れているようには見えませんでした。
もうひとりは、サンバの大会で優勝経験もある黒人の女の子で、水商売の為に来日したとのことでした。

3人で踊りに行った時、如何にも裕福そうな男性がサンバの女王に言いました。
「今から30分、音楽のリズムに乗らなければ○万円払うよ。」
サンバの女王は大喜びで、挑戦を受けました。

当時、まだ私は21、22歳。今より更に無知。
「どうしてそんな変な賭けをするの?」
私の質問に、男性が言いました。
「ブラジル人の血にはサンバや音楽が染みこんでいる。
たくさんのブラジル人と友達になったが、音楽が鳴ると、3分と身体を揺らさずにいた奴はいないね。」

何年も経った後、その意味が少しだけ理解できました。
そうそう、賭けの結果はあっけなくサンバの女王が負けました。

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カルナバル、音楽、フットボールに賭けるブラジル人の熱意は相当なもの。

スラム街の路地にはボールを追いかける子供の姿があり、
フットボールの為に乱闘、時には死人を出すまでエスカレート。

儚きカルナバルへの意気込みは、映画『黒いオルフェ』で感じることができます。
貧しさの中での家族の絆と、音楽で成功することへの羨望は、映画『フランシスコと二人の息子』で観られます。

明日への希望が持てない様子も垣間見られます。
しかし、後者の映画のように、家族の絆はたいそう強いとのこと。
狼は一生をツガイで終えると聞きますが、あまりにも環境が厳しいからだと言う人もいます。
厳しい現実の中で、ブラジル人の家族の絆も高まるのでしょうか?

絆が強いからこそ、「サウダージ」という言葉が在るのでしょう。
親は子を守り、子は安心感の中で生活する。
しかし、子はある年齢を境に、限界と絶望を覚え、輝く明日の連続を信じていた自分を心の片隅に仕舞うことになる。

経済も破綻、仕事もない、明日がどうなるかすらわからない・・・
そんな時、人はどうなるだろう?

��**

現在の日本も絶望とまでゆかなくとも、黒い雲の片鱗にのまれつつあります。
ブラジルより生活は豊かであれど、1年に1度のカルナバルに向けて団結するわけでもなし、
具体的な目標や希望もなく、漠然と過ごしている人々も多いでしょう。

��『黒のオルフェ』はリオのカルナバルを有名にした映画ですが、
ブラジルではあまり観られていないそうです。
また、現実に忠実でない部分もあると言われています。*

ワーキングプア、ネットカフェ難民、新しい言葉が生まれました。
働けど暮らしは楽にならず、仕事にも恵まれずと彼らは言います。
しかし、仕事を選ばなければ、何だってあります。
北海道や東北では人不足により、寮を用意して働き手を集っています。
反面、都会に縋り付く若者が溢れています。
そこにいる必然性もないままに。

電燈に群がる虫のように、都会に群がる理由は何?
ネオンと希望を見間違えていない?
家族の絆が弱いぶん、人の数で埋まるとでも?

戦地では第一線の部隊には、精神疾患にかかる人は少ないそうです。
その手前の部隊には、精神疾患を患う人が多いそうです。
中途半端な環境では、明日への絶望だけが際立つのでしょうか?

本当の貧困に陥れば、都会に執着しないでしょう。
このバランスの悪さは、中途半端な豊かさを物語っています。
いずれにせよ、ブラジルとは違うけれど、明日の具体的な、
生活のささやかな輝きがないという虚無感を抱える人々が増えているのは間違いなさそうです。

ここ数年は維新の志士達でなく新撰組が受けていると耳にしました。

さて、困りました。
私は語学も数学も苦手ですが、日本史も苦手です。
・・・えっ?何がお得意ですか?ですって?
そういう失礼な質問はお控えいただけます?(笑)

これ以降も私の少ない知識と、日本史マニアの友から教えていただいた話に、
これまた私の想像力を添加してみます。

個人的には幕末よりも、明治大正~昭和初期が好きです。
その理由は、好きな芸術やファッション、建築物がその時代に集中しているからであって、
日本史が理由ではありません。

西洋文化と日本文化が融合しているものが、私の趣味に合います。
いえ、西洋と日本でなくとも、異文化が融合したものが好きです。
例えば、ベルサイユ宮殿を見ていても、異国情緒ある「中国の間」に惹かれます。

心地よい文化の溶け合いは、退廃と発展の中間地点でしょう。
退廃があるからこそ、発展を感じるのです。
退廃の美も楽しみつつ、発展が廃れることのない安心感を与えてくれる。
私にとっては一番美味しいところです。

さて、今。
何故、退廃しかない新撰組なのか?
何故、坂本龍馬でなく土方歳三なのか?

私の好むものが生まれた背景はどんなものだったのでしょう。

��**

ブラジル、ワーキングプア、新撰組、土方歳三・・・
「俺達に明日はない」チームと名付けましょうか?
ドバイ、勝ち組、海援隊、坂本龍馬・・・
「将来薔薇色」チームと名付けましょうか?

誰だって「将来薔薇色」チームに入りたいに違いないでしょうに、
何故「俺達に明日はない」組なのでしょうか?
退廃の美学や哲学があるのもわからなくはない。
だけど、この不景気な現在だからこそ、薔薇色に惹かれてもよさそうなものなのに。

共感、共鳴、そんな言葉が浮かんでは消えます。
歴史は変えられない。
しかし、明日もなく戦う新撰組の肩をを持ちたくなる。
もし、ここで新撰組が勝ったら、自分の未来が開けるような気がする。
土方歳三が戦いを止めたら、自分も終わってしまう気がする。

希望とは、目映いばかりの光の中では見えません。
いえ、必要もありません。

変えられない歴史に、一瞬の夢を見る。
リオのカルナバルにように。


土方は隊の規律を守らぬ者には切腹を命じ、恐れられていました。
しかし、箱館戦争当時には、温和で慕われており、若い隊士を飲食に連れ歩いたりするようになったそうです。
・・・明日にも命を落とすかも知れない隊士の士気を上げる為の計算であったとも言われておりますが。

明日がない騒ぎと言えば、特攻の前日。
遺書に向かう少年もいれば、前の日だけ許された酒を振舞われ、酔い騒ぐ少年もいたでしょう。

「雨降って 今日一日を 生き延びる」
��人の特攻隊合作の川柳の一節です。

特攻前夜、酒宴で大騒ぎしたとして、それを、底抜けの陽気だと言えますか?
リオのカルナバルの明るさと言うものも、その類のものではないでしょうか。

土方歳三の最後は、敵の銃弾に当たったとするのが通説ですが、
降伏に頑強に反対する土方を、味方が暗殺したという説もあります。
どちらにせよ、幹部の中で戦死したのは、土方歳三だけ。
他の幹部らは妥協点を探しながら、戦っていたとも言えるようです。

「明日がない。」
土方歳三は夜の数のぶん、思ったことでしょう。

��**

「明日がない」話のひとつとして、愛犬ベントのお話をさせて下さい。
ベントはベルギーに渡ってからフランス語の風「Vent」と表示しましたが、
元々はポルトガル語の風で命名「Vento」でした。

犬の記憶力はどのくらいか?犬は笑うか?などについて、
生物学者によっていろいろな意見があるそうです。
犬と生活していれば、笑って当然、意外と記憶力は良い、何を今更?と思ってしまいます。

去年の秋、愛犬ベントの死を見守ってからは、
「サウダージ」という感情まであるのではないか?と思い始めておりました。

愛犬ベントの最後は、骨肉腫の再発でした。
最初の腫瘍の発見、手術から約10ヶ月後、8歳のお誕生日を迎えた後でした。
1年何もなければ再発の可能性は低いと聞いていたのですが、
残すところ2ヶ月を目前に、再発してしまったのです。

その頃、遡ること1年前より、私自身が軽く患っていました。
その病気が治った直後に、ベントの再発。
ベントが全て背負って行ったに違いないと皆が言いました。

私が治ったように、ベントも治るに違いないと信じていました。
なのに、ボロボロになってゆく様を見ているのは辛く、
とにかく早く楽にしてあげたいとばかり思いました。
あまりにも辛そうな時は、我慢しなくていい、逝ってもいいんだよ、と。

それでもベントは、死の直前まで食べようとしました。
動物は最後まで生きようとすると聞きますが、本当です。

あんなに頑張っていたのは、自分が健康で、目一杯楽しい私との日々が、
再度やってくるのが当たり前だと信じていたからでしょう。
健やかで穏やかな過去は、今現在の記憶から一度も切り離されていないのです。

遠くを見つめるベントの瞳の中に、私は確かにサウダージを感じました。

全てを自分で負って辛くても、純真な瞳はそのまま。
死の前日の深夜は、何度も私の顔をじっと見つめました。
訴えるように、繰り返し繰り返し、何度も。
翌朝、ベントは息を引き取りました。

間違いなく、あの瞳はうったえていた。
「明日はないかもしれない。ねぇ、もっと顔を見せて。」

��**

希望がないとは言えど、日本はまだまだ恵まれています。
食料自給率が低いのに、実はその何割かは破棄されているのです。

日本では、最初から多くを手にしているお坊ちゃん、お嬢様が受けます。
どこの国であろうが、彼らは羨望を受けることでしょうが、日本では異常にもてはやされる気がします。

これは多くを望みすぎていることの証ではないのでしょうか?
お嬢様・お坊ちゃまの所有 - 私の所有 = 不満・羨望
そんな風に考えているのではないでしょうか?

映画『黒いオルフェ』の中で、フランスやスペインのお姫様や王様の衣装を纏い、
リオのカーニバルで踊るシーンがありました。
カルナバルの最中なら、人種差別からも開放され、裕福な身分になれる。
白い肌、それに乗った富と権力を得る奇跡を描く。

勿論、彼らは知っている。
滅多にあることではないからこそ、奇跡と呼ぶことを。
でも、希望を夢見ることは罪ではない。

映画『黒いオルフェ』の出演者だって素人ばかり、
『フランシスコとふたりの息子』の子役だって素人。
路地でボールを蹴っていたお隣の少年が、有名な選手となり、
CMに出ているのを見た人もいるだろう。

最初からお腹いっぱい食べられるのは白い肌の人。
飢えているのは黒い肌の人。
権力と富の大きさは、肌の白さと比例する。

混血が半数を占めていると言うことは、
生まれた時から、あきらめを抱えてくる人が半分もいるということ。

最初から恵まれて生まれることよりも、
自分の手で奇跡を勝ち取ることの方が想像しやすいのかもしれません。
自ら成功を掴んだ人は、人々の希望であり、
羨望の眼差しは「自分で掴む人」に向けられているのではないでしょうか。
日本との違いを感じます。

��**

最後に、歌詞をお届け致します。
↓映画『黒いオルフェ』の「フェリシダージ」という唄です。
【フェリシダージ】
http://jp.youtube.com/watch?v=cGYFhmIjoXA

映画の解釈された訳は目にする機会があるでしょうから、
あえて“ガシガシの直訳”をお届けします。

「フェリシダージ」とはポルトガル語で「幸せ」の意味です。
タイトルの「エスペランサ」は「希望」の意味です。

リオのカルナバル、サウダージは、こういった土壌の中で芽生えたのです。
今、ある幸せと希望の大切さに気がつかされませんか?


��フェリシダージ>

悲しみには終わりがない 幸せには終わりがあるのに
幸せは、雫のようなもの
幸せは、花びらに宿る夜露の雫のようなもの
静かに輝いて、それから軽く揺れて
そして、愛の涙のように落ちていく

貧しい人の幸せはカルナバルの大いなる幻影のよう
人々は一年じゅう働く
ひと時の夢のために
仮装の衣装を作るために
王様や海賊や庭師の衣装
水曜日に終わってしまう全てのために

幸せは、一枚の羽根のようなもの
風が空中を運んでいく(羽根)
空中を軽やかに飛んでいくけれど、はかない命
絶え間なく吹く風が頼りの羽根のよう

私の幸せは夢見ている
私の恋人の目の中で
幸せは、過ぎていく今宵のようなもの
夜明けを探し求めて(いるこの夜のよう)

お願いだから小さな声で話して下さい
一日の始まりとともに彼女が気持ちよく目覚めるように
愛のキスを与えながら

幸せは狂おしいほどに素敵なもの
そしてまた、あまりにも壊れやすいもの
��幸せには)色とりどりの花や愛がある
��幸せには)小鳥の巣がある
��幸せは)ありとあらゆる素敵なものを持っている

幸せはこんな風にとても壊れやすいものだから
��Fim>