2012年6月25日月曜日

身の置き場がないあなたへ。

「どうしていいのかわからない。」
逆にどうしたいのか考えてみて。
「どうしたいのかわからない。」
どれくらいのものなら自分の手に入るだろう?
そんな風にずるく計算して考えていないか振り返って。

・・・こんな風にロジカルに追っていっても
こたえがでないこともある。

こうしてあなたに問いながらも
あなたが求めているものがわかる気がする。
安堵の場所、それだけじゃないのかな?

とても強いものに守られること。
ドミナの母性が語られることはよくある。
実はそんな難しいものではないんだけど。
母が、父が、この世で最も強い
絶対の存在だと疑わなかった子供の頃、
母に、父に抱かれていた時間。
安堵はそこにある。
強い者の腕の中に安堵がある。

あなたが誰と出会っても
人としての強さをその人から感じない限り、
あなたは満足できないのかもしれない。
あなたの求めるものは単に鞭や蝋燭の世界じゃないから。
きっとドミナという強い女性像に
漠然と腕の中の安堵を見ているのではないのだろうか?

強さは優しさとはよく言ったものだと思う。
優しさの距離感はとても難しい。
また、どんなにすばらしい優しさでも
受け止める側に同等の能力がなければ
その優しさすらもわからない。
最強の優しさとは
二本足で歩む力を得る術を与えること、
共に見出すことだと思う。
その種の優しさは時に冷たい。

そしてもうひとつ、徹底的に飼いならすという優しさ。
実際に四肢を取り上げることはなくても
四肢を取り上げると同様の覚悟がなければ
成立しない優しさだ。
現実的に絶対の財力、精神的な強さ、
全てを委ねることできる信頼できる友人の
��つがなければ成立しないもの。
実際に四肢を取り上げた関係性においては
必ずこれがあった。
現世では犬を飼うのに似ている。
でも、こんなことは中途半端に手を出すものではない。


あなたの身の置き場のない焦燥感を思うたび、
前者の種の優しさについて考える。
だけど、今、私があなたにしてあげられることは
何だろうと考えても明確な答えがない。
「強くなりたいと願っている人」と
共に前進してみるのは如何なものだろう?
強さとはそこに存在するものではなくて、
存在を成してゆくものだから。

法治国家でなければ
安堵の中で殺してあげるのに。
永遠の安堵をあげることもできるんだけどね。

ディープに接したわけじゃないから
間違っていたらごめんなさいね。
二言、三言交わした言葉や短文から
何となく思ったことです。

��****

Tさん。
あなたがそこまで執着する理由がわかりません。
そっとしておいてあげたらどうですか?
私は何の関係もないけど気持ちとして
あなたが言っていたことは間接的に伝えてあります。
これ以上のことはして差し上げられませんよ。

��****

Nさん。
独特の匂いですよね。
匂い、音、改めて考えました。
ドイツのSMクラブのセッションは
あなたの嗜好とはぜんぜん違うけど
それらを使ったもので面白かったです。
これについてはまた落ち着いて書きますね。

��****

今日のパリは雨。
今年は夏がないといわれているそうですが
本当に秋服を引っ張り出して着ています。
革ジャケット着られるから嬉しいけれど。

明日から仕事に専念しますが、
この週末は静かに過ごしました。
用事ついでにテラスで一息ついたり。
この先、どこに住むのかな?
軽く、でも、一瞬真剣に考えたりします。
日本かフランスかオランダかベルギーか。
思いがけない他国なのか。

うーん。むつかしい。
皆さんは住みたい国、ありますか?